2010年03月12日

『クビシメロマンチスト』著 西尾維新



浦澤直樹の『Monster』『Happy!』が好きだが
『20世紀少年』は好きになれない。

その理由はどうでもいい。

ただ、その好きになれない『20世紀少年』において

「トモダチ」

という言葉がなにやら意味深に
いや、逆に気色悪いほど軽薄で偽善的な演出で
登場する。



「思春期心因性皮膚硬化症」とか、赤色がふざけると
鶴巻の某アニメをリスペクトする
(というか他に好きなアニメが非常に少ない)
自分としては、かなり笑った。
嬉笑いだ。
べスパとか登場するし(ラッタッタ、は笑えたが)
この作品の作者も鶴巻の某アニメは好きなのだろうか。


その嬉笑いできた作品が、
『クビシメロマンチスト』(西尾維新)だった。


最近、西尾維新を読んでいる。

いわゆる「ラノベ」を読むのは
中学のときに『スレイヤーズ』と『ゴクドーくん』を読んだ以来だ。
しかもそれらは厳密にはラノベじゃない、と言う人もいるので
もしかすると初めて読んだラノベかもしれない。

親交があった某フランス映画批評家から
「過去の小説の形を滅茶苦茶にした突き抜けた作家」
一度読んでごらん、と
西尾維新を紹介されてすでに5年……

その批評家先生に薦められるがまま
彼のデビュー作
『クビシメサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』を
即、購入(ただし運良く某大型中古書店で105円)し、
最初の数ページを読んだだけで

「ライトノベルというものには付いていけない……」

とあきらめて本棚の奥に封印してから
早5年……

5年……

やっと最近になり、『クビキリサイクル』を読み
それが実は意外と面白かったことから
その次回作であった『クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人織』を
読み終えた。

『クビキリサイクル』完読をメールで伝えたさいに
批評家先生は

「やっと西尾維新にたどりついたか(笑)」

と笑った。そう文字笑いしたが
もちろん文字通り受け取ってはいけない。
本音は(苦笑)であろう。


別に戯言遣いの主人公にかこつけて本題に入らず
長々書いているわけではない。

幸いこの感想文は学校提出でもないので
採点者がいないために、好き放題やっているのだ。

つまり、フリーペーパー以来の、いつものことだ。

しかも、「これは僕の悪い癖」とか反省しないので
どこぞの特命係の警部殿よりも、相当にたちが悪い。

だからそろそろ、本題に。


『クビシメロマンチスト』は
大学生が多く登場する。


「友達」という関係でお互いを認識しあう大学生達。

その感覚が、いつか観た柳町光男の映画
『カミュなんて知らない』に
非常に似ていた。

『カミュなんて知らない』も
先に書いた批評家先生から紹介された作品だが
その紹介のされ方はこうだった。

「これ、今の君たちの事を映した作品だよ」


カミュとはアルベール・カミュというフランスの作家だ。
代表作は『異邦人』
太陽が眩しかったから、人を殺した
という不条理殺人をテーマにした作品だ。

つまり、『カミュなんて知らない』とは
そんな本なんて読んでないよ〜
と開き直る今の大学生の姿、ということだ。

本を読まない。

それが今の大学生。

監督の柳町光男がこの作品を発想したのは
早稲田大学の学生に映像ワークショップを行っていた時だ。

つまり、厳密に言えば、柳町が
「カミュなんて知らなくても生きていけるからいいじゃん♪」
と開き直っている、と皮肉る大学生とは
早稲田大学の学生のことだ。

早稲田の学生に恨みはない。
なぜわざわざ強調したのかというと、言うまでも無い
早稲田といえば、そこそこの難関有名大学。
そんなところの大学生でさえ
今は本を読まない、という大学生の現状が伺えるからだ。


柳町は映画のパンフなどで大学生についてこう語る。

「とても可愛い。
 自分達の世代は難しいことばかり考えていたが
 彼らはとても素直で可愛い。
 ただし、あまりに可愛すぎる。考えない。本を読まない」

正確に記憶していないので
パンフそのままではないが、だいたいこんな具合だ。

そうそう。『クビシメロマンチスト』じゃないが
この映画の中で、大学生達がふざけあって
「死ね〜」とかいいつつ、首を絞めてあそぶ
じゃれあいのシーンがある。

非常に可愛く、軽薄な「死」に関する発言。

これが身近にある風景というものだ。

ここは柳町の感覚、嗅覚の鋭さがうかがえる。
(ドラマチックな葛藤ばかり量産するドラマとは
 このように内省、深みが違う)

『クビシメロマンチスト』においても
関係性の中で一生懸命に生きながらも
内省の浅はかさにより不毛な苦悩から抜け出せない
大学生の姿が描かれている。

作中に出てくる大学教員が語る。

  今の大学生は知る言語が少ない。
  そのために、自分の感覚を言語化できない。

  『悲しい』という感情も
  『ムカツク!』と変換されてしまう。


そう。内省が浅いがゆえの、不毛な苦しみ。


そんな中で成り立てている「友達」という関係。



現代の大学生のキャンパスライフにおいて
「友達集団」つまり「グループ」への所属は
大学生活の4年間を楽しく過すための
死活問題となっている側面がある。


本来大学は「学ぶ場所」であったが
今の大学生とっては
「程よく学び、楽しく遊ぶ」場所というのが大多数のようだ。

いや。それは別に悪くない。


悪くないんだけど


きっと苦しかろうよ。


一見、楽しく見えるけど

内省が浅い友人同士というものは。




簡単に量産できる「友達」というものは。





終わり。


え?ここで終わりって?

おちがない?
まとまりが、ない?


うん。終わり。










posted by lilac at 04:52| 作品の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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