2010年03月22日

白い闇

(小説創作)

1、隣の真希

林間学校に出発する朝。

集合は7時だった。
中学校の校門前に7クラス、
僕ら2年生は、クラスごとに出席番号順で整列した。

普段、朝は、
8時30分までに教室に着席していればよかった。

今日はいつもよりも早起きしたため
僕はまだ眠くて、頭も目もさえない。
あくびをした。

隣の列の、僕の少し後ろで、
同じクラスの女子3人が
はしゃいでいた。
待ちに待った林間学校だ、やった!
そんな、はしゃぎようだ。

僕は、耳にうるさいそのおしゃべりを
けだるそうに横目に見た。

その3人のすぐ前、ちょうど僕の隣に
真希はいた。

真希は前に並ぶ川野という女子と
楽しげに話していた。

真希はバスケットや陸上競技が得意で
性格が明るいのが女子だった。
川野とは、同じバスケット部の友達だった。
2人は1年のとき知り合って以来
2年になった今でも、仲がいい。

真希は友達を多く作るタイプではなかったが
川野のように、数少ない友達との仲を
大切にするタイプだった。
真希は川野を親友だと思っていた。
そういう真希に、僕は好感をもっていた。

しばらくしてやって7台の観光バスがやってきた。
僕らは、クラスごとバスに乗り込んだ。

走り出したバスは
一般道から高速道路に乗り込み
窓の外は、見慣れた地元の風景から
見慣れないビル街の風景へ、
そのうち田んぼの緑が広がる風景へと
移り変わっていった。

窓際に座った僕は、
そんな風景を眺めながらも
横に座る真希との会話に
夢中になっていた。

バスの席順は、出席番号の近い男女が
隣り合わせに座ることになっていた。

真希は苗字も名前も、ま行、だ。
イニシャルはMK。
僕も同じだった。

こういうのはただの偶然だけど
1年のときから真希のことが
気になって仕方なかった僕にとって
この偶然は、嬉しいものとして受け取ってきた。

偶然というよりも、何かふたりのつながりだと
信じたかったから、そう信じた。

真希もその偶然を意識したことがあったみたいだけど
僕みたいに嬉しく思っていたかは、わからない。

僕は、中一のときから
真希のことが気になっていた。

屈託がなく、明るい真希のことが。

誰に頼まれもせず
毎日こっそり、校庭の花壇に水をあげている真希のことが。

多く友達を作るよりも、
親友との仲を大切にする真希のことが。

自分の好きなバスケットボールに
一生懸命、真っ直ぐに向かい合う真希のことが。


ずっと気になっていた。



だから、この林間学校のバスで
真希の隣に座れたことで
僕の胸は、否応無く高鳴った。
それをなんとかおさえて
隠すことに、どこか気が気でなかった。

でも、嬉しかった。

バスは今、山道を走っている。

ガタン。
一瞬、バスが大きく揺れた。

真希は一瞬、驚いて
瞳を大きくした。

その瞳が、ずっと好きだった。
真っ直ぐな眼差し。

嘘が無くて、正直で、真剣で。

でも、今はそんな真希の瞳は
とても可愛くみえる。

ちょっと驚いた後、真希は笑った。

真希の明るい笑顔。

僕はいま、ずっと気になっていた真希と、
一緒に話している。

そして、僕は今の自分の気持ちに気付いた。

嬉しい。

いままでこんな嬉しいことなかったっていうくらい
嬉しい。


――――――――――――――――――――――――――――

2、白ヶ原

林間学校の一日目に散策する予定の
白ヶ原。


霧が立ち込めるため、
辺りがうっすら白くなるため、
そんな名前がついた草原だ。


僕らはそこを歩いている。


気がつくと

自由行動になっていた……。

気がつくと

真希とふたり、並んで歩いていた……。


他のみんなの声は、霧の向こうから、かすかに聞こえてくる。


僕の手首に、圧力を感じだ。

真希が僕の手首を握っていた。

横を向いて、僕は
ハッとする。

真希の瞳が、真っ直ぐに
僕を見つめていた。

「行こうよ」

真希はそう言って、僕の手を引き
白い霧の奥へと誘って、進んでいく。

真希に手をひかれるまま
僕も先へと進んでいく。

進めば進むほど、霧はどんどん濃くなっていく。

「行こう」

真希はどんどん進んでいく。

霧の白は、かなりの濃さになっていた。
もう周りは何も見えない。
他の生徒達の声も、聞こえない。


その濃い白。

それが、されに奥へ進むと
だんだんと、暗く……

それは、夜の空みたいな、青っぽい爽やかな暗さじゃなく

黒い……。

どんよりとして黒い……。

そんな暗さに変わってきた。


僕は不安になって、言った。

「ねぇ。どこまで行くの?引き返そうよ
 みんなとだいぶ、はぐれちゃったし
 迷ったんじゃないかな」

僕の腕をひっぱって前を歩いていた真希が
立ち止まった。

そして、振り返った。


僕は驚いた。


いつもの真希の明るい顔ではなかった。

真希は……。

悲しげで、不安そうで
淋しくて壊れてしまいそうな
そんな儚い顔をしていた。

「どうしたの?」

僕が聞くと、真希は言った。

「ずっと前から、わたしのこと
 ……見てたよね」

うん。
そうだよ。

ずっと……見てた。
僕は真希を、真希だけを

ずっと……見ていた。


でも、僕が見つめるたび
ときどき、真希と目が合ったね。

目が合うといつも、
お互いに、笑ったりしないで
そのままの表情で
数秒、目を合わせたままでいたね。
でも、気まずいのか
その後、いつもどっちかが目を逸らしたね。


真希も気付いていたんだね。
僕が真希をずっと、見ていたことを。

そしてもしかすると……
僕が、僕なんかが
真希のことを

真希だけのことを
好きに

この世で一番
好きになってしまったことを。


真希は儚げなまま
僕を見詰めている。

僕は怯えた。

拒絶されるのが、恐かった。

僕は真希を見ていた。
真希はそれを知っていた。
そして……それが真希にとって
不愉快で気分悪くするような
そんなことだったとしたら……

僕はそれを知るのが恐かった。


「わたしのこと、好き?」


真希は聞いた。

恐かった。
正直に答えたかったけど
その僕の答えを
真希が拒絶するのが……

恐かった……。


「好きだよ」


恐い。


「ずっと前から、好きだった」


でも、自分でもおさえられず
吐き出してしまった。

「ずっと前から、真希のことだけが
 好きだ」


恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 
恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 
恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 
恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 
恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 
恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 恐い 


僕は真希みたいに
真っ直ぐに真希を見詰めたままだけど
真希の答えを聞くのが
あまりに恐かった。


「わたしも、好きよ」


耳を疑った。

理解が、少し遅れた。

きっと僕は、呆然。だ。


「わたしもずっと、好きだった」



聞き間違いじゃなかった。
真希は、そう言った。
僕のことが、好きだと。


「だから、すごく嬉しかった」


さっきまでの儚げな顔が
少しだけ、嬉しそうになる真希。

でも、真希の体はいつの間にか
闇の奥へと吸い込まれるように
僕から遠のいていた。

遠のいたところに立っている真希の周囲は
もう、あまりにも深く、
濃い黒い闇に満たされている。


そこに立ち止まって、真希は言った。

「こっちへ来て……
 一緒に行こう……」

真希はうつろな声で僕を誘う。


僕は迷うことなく、足を一歩踏み出した。

が、僕は進めなかった。

僕の腕を誰かか掴み
後ろへと引っ張っていた。

振り返ると、真希の親友、
川野がいた。


「そっちに行っちゃだめ!」


川野は必死で、涙で顔中くしゃくしゃにしながら
僕に向かって叫んだ!


「だめ!行かないで!お願い!だめなの!」


僕は戸惑った。

川野が何でここに?
どうやって?
何で止めるの?

分からなかった。


涙を流した川野の目に、再び涙が溜まる。
その涙目を、川野は真希に向けて
彼女は言った。


「ごめん……真希。
 でも……連れて行っちゃだめだよ」


そんな川野と、そして僕を、
真希は悲しそうに見ていた。


でも……真希は言った。


「こっちに来て……
 来て……」


川野に、ではない。
僕に。


僕が真希の方へ足を踏み出した時
川野は僕の頬を引っぱたいた!

「ダメ!行っちゃダメ!」


川野はさらに、僕の頬を叩いた。




――――――――――――――――――――――――――――

3、僕




頬を叩かれた痛さに
僕は目を覚ました。


ぼやける視界が
だんだんハッキリしてくると
目の前に、涙でくしゃくしゃの川野の顔をあった。

目を開けた僕を見た川野の顔は
安堵したような、喜びのような、嬉しいような
そんな明るいものに変わっていくように見えた。


周囲を見回すと
崖の上で大破したバスと、大怪我をした生徒達が倒れていた。

すでに救急隊が駆けつけて
負傷した生徒達を、救急車に乗せ始めていた。



僕は崖から後わずかで落ちてしまう位置に
倒れていた。
そして僕は崖の方向へ
寝返りを打ちそうになっていたところだった。

川野がいてくれなかったら……
そのまま寝返りを打っていたら
僕は谷底へ転落していたところだった。



僕は谷底を覗いた。
そこには白い霧が立ち込めていて
底は、黒い闇だった。


僕は我に返ったように
川野に聞いた。

「北川は!?」


北川は……

北川真希は……!?

無事なのか!?


川野は重々しく下を向いたまま


「真希は……」

谷底を指差した。

川野の目から、涙がこぼれる。




嘘だろ……






嘘だろ!!!!!






嘘だろう!!!!







僕は、谷底を再び見た。



真希は、あそこにいるなんて……


そのとき。





「こっちに来て……
 来て……」






白い霧の奥から

かすかにそんな声が聞こえた……。

白ヶ原で聞いた、真希の声だった。



「こっちに来て……
 来て……」





幻じゃない……

いや、幻かもしれない……






真希……。



せっかく、両思いになれたのに。



真希……。




川野が僕に心配そうに声をかける。


「歩ける?」


幸い、川野も僕も、そんなに体は負傷していなかった。


川野が僕に手を差し出した。

僕は川野の手を取り、立ち上がった。


「ここ、危ないから、向こう行こう」


川野は僕の手を引き、崖から離れようとした。





「こっちに来て……
 来て……」






まだ、真希の声が響いていた。




「川野……」


僕は川野の手を離した。


川野の優しさが、なんだか嬉しかった。


川野は不思議そうに僕を見ている。


「ありがとう」


僕はそう言うと、


崖まで歩いた。





「こっちに来て……
 来て……」




真希の声が聞こえる。



死への誘い。

死者の誘惑。

一人で向こうに行くのが淋しいから
道連れにしようとする声。

もしかすると、それは悪意。




でも、そんなこと僕は信じない。


だって僕は
世界で一番、真希のことが……

北川真希のことだけが
好きなんだ。





だから、信じない。


真希のいない世界は、
僕にとって何も無い世界。

でも、真希だけしかいない世界でも、
僕にとっては、孤独を消せる世界。


僕は、行きたい。
真希の元へ。








初めての両思いの相手のもとへ。






あの真っ直ぐな瞳の、真希のいる場所へ。



例えそこが、この世でなくとも。



僕は真希を




一人にさせたくないし

一人になりたくないから。




「真希……」





後ろで川野が何かを叫んだ。

同時に、僕は崖の向こうへ身を投げた。



大気の白い霧の中に
投げた。




その奥の暗い闇を見詰めながら。




















posted by lilac at 19:00| 小説創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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